/dev: プロシーン向けのバランス調整
サモナーズリフトチームが四部編成でお届けするブログシリーズの第三弾へようこそ。さて、皆さんは昨年の「あるパッチの一生」キャンペーンでリーグ・オブ・レジェンドのバランス調整パッチを制作過程を紹介したのを覚えていますか(まとめはこちら)?今回のシリーズではさらに踏み込み、より大規模で、長期的に取り組む必要のあるバランス調整について深く掘り下げてみたいと思います。パッチノートやSNS、あるいは毎週MeddlerやScruffyが投稿している分量では語りきれない情報をまとめてみる試み、とも言えるでしょう。
このシリーズの概要と予定は以下の通りです。
- ブログ1 - 6月後半:昨年導入したチャンピオンバランスフレームワークの現状と導入以来加えてきた調整の詳細
- ブログ2 - 7月上旬:新チャンピオン/VGUチャンピオン向けバランス調整の方向性調整
- ブログ3 - 8月中旬:プロシーンと主要大会(Worldsを含む)向けのバランス調整
- ブログ4 - 9月上旬:ルーンとアイテムのバランス調整(およびプレシーズン2021の一部紹介)
今回はLoL最高峰の試合が行われる「プロシーン」に向けて、私たちがどのようなバランス調整方針を取っているのかをお話ししていきます。
レギュラーシーズン向けのバランス調整
MSIやWorldsがプレイされるパッチ「以外」は、プロシーンでもチャンピオンバランスフレームワークに沿ってバランス調整を行なっています。
まず目を引くのが、トップ4地域(LCK、LPL、LEC、LCS)をバランス調整の主要因としている点でしょう(世界には現在、12の地域リーグが存在)。「トップ4」の判断基準は、現行のWorldsシード権決定ルールに基づいており、これは近年の国際大会における活躍(MSI/Worldsの成績)を反映する内容になっています。
そして、プロシーンでは勝率ではなく「プレゼンス(バン/ピックの集計値)」を主な評価基準としています。これはパッチごとにプレイされる総試合数が少なく(サンプルサイズが小さく)、勝率ではチャンピオンの強さを正確に評価できないためです。たとえば1パッチ期間中にプロシーンで行われる試合は最大で約200試合ですが、もっと大量のデータがなければ、勝率を主要因に据えて信頼性の高いバランス調整を行うことはできません。
プロシーンで「強すぎる」チャンピオンと判断する条件は二段構えになっています。ひとつめは単一パッチにおけるプレゼンス95%(MSI/Worldsでは90%)以上で、この条件を満たすチャンピオンにはナーフ(弱体化)を加えます。これは直近のバランス調整でチャンピオンが急激に強くなった場合でも迅速な対応ができる体制を整備するための措置です。ふたつめの条件では、しきい値を少し下げて、連続する2パッチ期間中のプレゼンスが85%(MSI/Worldsでは80%)以上としています。こちらは「強すぎる」という評価の境界線上をウロウロし続ける…つまりメタ上位に居座りすぎているチャンピオンを特定するための条件です。
一方、プロシーンで「弱すぎる」チャンピオンを判断する際には「プレゼンスが5%」という条件を用いています。この5%という数値は、一度だけ出場したプレイヤーのバン/ピックや、特定のプレイヤーのポケットピック(隠し玉的に使われる習熟度が高いチャンピオン)ではなく、複数試合で有効な選択肢として検討されている場合に検出することを意図して指定されています。
レギュラーシーズンにおけるチャンピオン多様性の目標
私たちはチャンピオンバランスフレームワークの目標値以外に、各プレイヤー帯向けにもメタ多様性の目標を設定しています。プロシーンでの現在の目標は「全チャンピオンの45%が5%以上のプレゼンスを持つ」というものです。私たちはこの目標値を「複数の戦略が有効に機能し、各戦略において複数のチャンピオンが様々な役割を果たせる」健全なメタを示す指標と考えています。
プロ vs それ以外のプレイヤー帯
チャンピオンバランスフレームワークは全プレイヤー帯で「弱すぎるチャンピオン」に対しバフを推奨する仕組みでしかありません。つまり特定のチャンピオンがプロシーンに登場しないからといって、そのチャンピオンが確実にバフされるわけではありません(もちろんバフする場合もありますが、それは他のプレイヤー帯で「強すぎる」結果を回避できる場合に限られます)。たとえば、アムムは平均プレイヤー帯では強力であることが多い一方で、プロシーンには登場しません。しかし私たちはこれを問題とは考えていません。一部のチャンピオンがあるプレイヤー帯で特に活躍することは想定内ですから。
プロシーン向けのバランス調整では、他のプレイヤー帯で許容不可能なレベルの悪影響を引き起こさないように調整を行う必要がある点が特に難しいポイントのひとつです。
“サモナーズリフトのバランス調整は、すべてのプレイヤーに常に等しく適用されます。アイアンティアから最高峰プロリーグまで、私たちは同じサモナーズリフトでプレイしているのです”
Worlds向けのバランス調整
プロリーグでもレギュラーシーズンは2週間ごとに新パッチに切り替わります。しかしWorldsは6週間ものあいだ同じパッチで進められ、この期間中は戦略を練る土台となる環境がまったく変化しません。このためWorldsパッチでは、各チームが最強だと考える戦略・チャンピオンを極めるべく練習を重ねることとなり、結果的にメタの最適化が他のパッチとは比較にならないほど深く進みます。私たちファンの視点から見た理想的なWorldsパッチは「メタが進化を遂げ、流行の戦略に対するカウンターが生み出される上、チャンピオンとプレイスタイルの多様性も豊かな大会」となるでしょう。
しかし最適化が進みすぎてしまうと、カウンター要素の選択肢が減りすぎる状況もまた起こりえます。記憶に新しいのはWorlds
2017、シーズン開始時の変更で隠れOP(強すぎ)アイテムになっていた「アーデントセンサー」の価値が見いだされ、(その後予防的に小規模ナーフを実施したにもかかわらず)大会で猛威を振るったことでしょう。結果的に同大会では、「ひたすらADCを守る」という戦略がメタの中心になってしまいました。もちろん巧妙なカウンター(「戦いの律動」レオナ、覚えていますか?)も生み出されましたが、メタとしてはリスクを取らずに終盤戦に持ち込むプレイスタイルばかりになってしまいました。これは私たちが避けたかった事態です。
このような「強力すぎる戦略」の出現を予防するため、あれ以来私たちはWorlds開催前の大規模・体系的なバランス変更を最小限に抑え、複数の戦略を取りうる安定したメタの実現に努めてきました。
これは基本的に「Summer Split開幕後は大規模なバランス変更を行わない」ということです。
プレゼンス100%のチャンピオンを出さない
Worlds向けに私たちが設定している目標のひとつに、大会中にバン/ピック率100%(プレゼンス100%)になるチャンピオンを出さないというものがあります。プロの試合におけるドラフト戦略は極めて重要かつ複雑な要因ですから、全試合バン/ピック必須のチャンピオンが存在していてはドラフトを進める上で悪影響が生じますし、チャンピオンの多様性も低下します。このような状況は、Summer
Split/プレイオフでプロプレイヤーが新チャンピオン/VGUチャンピオンをプレイする機会が皆無またはほぼなかった場合(つまり私たちがWorlds向けにバランス調整するためのデータがない場合)に生じやすくなります。
この目標は2019年に達成できるかと思ったのですが、昨年はパンテオンがバン/ピック率100%を記録してしまいました。Worlds開幕前のプロシーンで1パッチ期間に満たないプレイ期間しかなかった新生VGUパンテオンがプレゼンス100%になってしまった事は私たちに重要な教訓を残しました。今後は同じ轍を踏まないよう「グローバル コンペティティブ オペレーションチーム」と連携を密にし、新チャンピオン/VGUチャンピオンに関する次のような方針を作成しました。
“新チャンピオン/VGUチャンピオンは、トップ4地域すべてのプレイオフで使用可能だった場合のみ、次の国際大会で利用可能とする”
これによりWorlds 2020では、リリアは使用可能でヨネは使用不可となります。
Worldsにおけるチャンピオン多様性の目標
プロ大会においては、多様性の検出基準を5%厳格化(単一パッチ期間中に90%/連続する2パッチ期間中に80%)することで、チャンピオン多様性の最適なバランス保持に努めています。最高の晴れ舞台で腕前を披露するプロプレイヤーに幅広い選択肢を提供することは、見る側の視聴体験をより刺激的にする結果につながりますから。
Worldsにおけるチャンピオン多様性方針はここ数年で進化を遂げてきました。具体的には、以前は「プロシーンであるチャンピオンがピックされるかどうか」に注目したのに対し、現在は「メタに影響を与えるほどの頻度で登場するかどうか」を重視するようになっています。プレゼンスが5%以上のグループに注目するようになったのも、これがプロシーンでプレイされうるチャンピオンであることを(特定のプレイヤーがたまたま1回だけピック/バンしただけでないことを)示す有効な指標であると考えるからです。
なお、Worlds
2019では62%のチャンピオンが1回以上バン/ピックされていますが、プレゼンス5%以上のチャンピオンは41%に留まります。
Worlds 2020ではプレゼンス5%以上のチャンピオンの割合を45%(目標値)に近づけるべく取り組んでいます。今年のWorldsの目標は67体以上のチャンピオンが全試合の5%以上に登場する(バンまたはピックされる)ことである、とも言い換えられるでしょう。
なお、Worldsのような大会を見据えて実施するチャンピオンのバフも、チャンピオンバランスフレームワークの全プレイヤー帯を考慮する前提で実施されることを改めて明記しておきます。
これまでの私たちは「Worldsでプレイされるチャンピオンを増やす」ことを目指してかなり積極的に取り組んできました。その結果としてチャンピオンの多様性は向上しましたが、それは時に釣り合わない代償を生み出すこともありました。
シーズン8のカ=ジックスはその好例でしょう。私たちはWorlds前に「ヴォイドの刺棘」が持つスロウ効果をバフしましたが、これはカ=ジックスに優れた補助手段を与えることはプロシーンでこそ価値が高くなると考えたからでした。しかしこのバフは彼を強くしすぎただけでなく、カイト(移動しながら通常攻撃を挟んでいく行動)・ピール(行動妨害で敵を引き剥がす)性能が凄まじく高い、カ=ジックスの個性とは真逆の存在を生み出してしまったのです。
そして今年…カ=ジックスにはまたしてもバフの余地がありました。しかし今回私たちは彼の個性を際立たせるべく孤立時の与ダメージを強化しました。ただこのバフは想定以上に強かったためパッチ10.16で戻されていますが…
もうひとつ例を挙げれば、パッチ10.15でバフを受けたケイトリン。このバフに際してチームは極めて具体的な目標を設定していましたが(目標については少し後でお話しします)、現時点ではレギュラーシーズン基準でも「強すぎる」しきい値近くに位置しています。ケイトリンは「強すぎる」状態でなくとも相手にするのが嫌なタイプのチャンピオンなので、彼女の動向については今後も注視していきます。
Worldsにおけるポジション別多様性
Worldsでは総合的なチャンピオン多様性のほか、ポジション別の多様性についても目標を設定しています。これは全レーンのマッチアップに健全なレベルの多様性を持たせることも重要だと考えているためです。Worlds 2020では「各ポジションでプレゼンス5%以上のピックが10体以上存在する」状態を目標としています。
プロ大会のメタで実用的なチャンピオンを増やす場合は、まず各ポジションの上位ピックを洗い出し、パワースパイク(急激に強くなる瞬間)のタイミングやウィンコンディション(いわゆる「勝ち筋」)に多様性があるかどうかを検証します。
今年はWorldsパッチ前にプロシーンのメタを分析し、実用的なピックが10体に満たないポジションを特定し、既存の上位ピックのパワースパイクとウィンコンディションを把握した上で「バフ候補チャンピオンの中でメタの戦略的多様性を向上させる可能性が高いチャンピオン」を選出しました。また、この段階で加えた変更はその後ほぼ修正の余地がなくなるため、チャンピオンを個別にバフする安全策を取り、間接的に多くのチャンピオンに影響を与えるシステム変更は避けています。この手法であれば、特定のチャンピオンをバフしすぎた場合でも、被害は「そのチャンピオンのバン/ピック率が100%になる」だけに抑えられます。一方、システム変更でチャンピオンカテゴリ全体をバフしすぎてしまった場合、「アーデントセンサー」メタの再現となってしまいます。
Worlds 2020:マークスマン/ボットキャリーの多様性
マークスマン/ボットレーンキャリーは、2020シーズンを通じて特に多様性が低いポジションでした。
Worlds 2020に向けた多様性改善の取り組みにおいては、まずヴァルスのプレゼンスを健全なレベルまで下げるナーフを実施すればメタが中~終盤戦重視に推移し、アフェリオス、アッシュ、エズリアル、カイ=サが上位ピックになると推定しました。そこでバフ候補には序盤重視の戦略で活躍し、カリスタとヴァルスに続く選択肢となるチャンピオンを選出しようと考えました。こうして選出されたのが、レーン戦で強いプレッシャーを発揮できる定番チャンピオンであり、パワースパイクのタイミングも既存の上位ピックと異なるケイトリンとミス・フォーチュンでした。
Worlds 2020:トップレーンの多様性
Worlds
2020では、トップレーンの多様性も向上させたいと考えていました。ただ現在のメタで活躍するチャンピオンを洗い出してみると、パワースパイクのタイミングについては適度に分散していることが分かりました。具体的には、レネクトン、ジェイス、ボリベアは序盤の存在感が強く、ケネンとウーコンは中盤戦で輝き、オーン、カミール、ケイルは終盤戦重視となっています。
これを受けて、当初はブラッドミアならば一部の上位ピックに対するカウンターとなりうる上に終盤戦重視チャンピオンも増やせると考えてバフを検討していましたが、結局この案はボツにしています。ボツにした理由は2つ。ひとつめは、ポジションにかかわらず「終盤まで耐えてスケーリングして勝つ」戦略が主流になるのを避けたかったため(しかもADCは既にその危険性をはらんでいる状態でした)。ふたつめは、ブラッドミアが現時点でも「高スキル」帯のミッドレーンで51.5%の勝率を記録していたためです。現時点でも十分な頻度でプレイされるだけの強さを持つブラッドミアをさらにバフすることは、特に「高スキル帯」を考慮すれば軽率であると考えたのです。
またトップレーンの上位チャンピオンは、パワースパイクタイミングこそ適度に分散していたものの、有効な戦略の数は限られていました。トップレーンのウィンコンディションは「序盤にしっかり勝って集団戦の有利を取る」か、「集団戦で常に活躍できるチャンピオンを選び、序盤で有利を作らなくても良い状態を作る」の2つしかないように見受けられたのです。この状況を考慮した末、私たちはスプリットプッシュが得意な一方で5v5の集団戦を不得意とするジャックスとフィオラをバフする決断をしました。
シーズンごとのチャンピオン多様性
私たちの最終目標は決して、あらゆるチャンピオンや戦略がWorldsで毎回等しく用いられる状態を生み出すことではありません。プロシーンのメタがシーズンごとに進化していくことも、Worldsが毎回記憶に残るプレイスタイルや戦略を示すことも好ましいことだと考えています(確かに、ご機嫌な思い出よりも嫌な記憶が強い年もあるかもしれませんが、私たちとしても2015年のジャガーノートや2017年のアーデントセンサーの過ちを繰り返すつもりはありません)。同様に、2019年のようなアサシンと守備的なマークスマンが繰り返しピックされる状態を今年も繰り返させるつもりもありません。世界屈指のプロが競い合う試合はそれだけでワクワクするものです。Worlds 2020も革新的で視聴者を沸かせる戦略やピックが登場することを一同期待しています。
今後の取り組み
現在、プロシーン向けのバランス調整はチャンピオンの強さと多様性を中心に進められていますが、私たちは今後も進化を続けていくつもりです。たとえば、現在は「1試合あたりの平均キル数」のようにまだ活用していないデータを精査し、エキサイティングな試合の指標となりうる新たなデータを探し続けています。また、チャンピオンバランスフレームワークもMSIをはじめとするすべての国際大会にも適用できるよう拡張しています(私たちの掲げる目標は国際大会でも変わりませんが、国際大会は実施試合数が少ないために目標数値が通常時とは異なるので対応が必要になります)。
さて、今回はこれで終わりです。次回のシリーズ最終回は来月、テーマはルーンやアイテムなどゲームシステムまわりのバランス調整、プロシーンがそれらに与える影響、そしてアイテムシステムの大刷新が予定されているプレシーズン2021の概要紹介を予定していますのでお楽しみに。